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 住みよい環境とまちづくりをめざして

     

【地区自治会連合会紹介】real estate


谷田地区自治会連合会


  谷田地区自治会連合会について




  【自治会数】   16
 
  【加入自治会】  太田窪二丁目自治会
            太田窪四丁目自治会自治会のページはこちらをクリック
            太田窪新生自治会
            柳橋自治会 
            善前第一自治会
            善前自治会
            善前南自治会
            太田窪不動入自治会
            谷田川自治会
            太田窪新田自治会
            大島台懇和会自治会
            東大島自治会
            太田窪二十三夜自治会
            太田窪新下自治会
            円正寺自治協力会
            北大島自治会

 
  【活動拠点】  主に藤右衛門中継ポンプ場(2F会議室)を
          集会場所として活用しています。

      ポンプ場
     会議風景

  【主な活動内容】
総会、定例会議、研修旅行など




  谷田地区自治会連合会の活動状況

 *谷田地区自治会連合会ではこんな活動をしています。

平成25年度避難場所開設運営訓練
(谷田小学校体育館)

平成24年度避難場所開設運営訓練
(善前小学校体育館)
 


  谷田地区の紹介

 地区名“谷田”の由来は、明治22年4月に誕生した谷田村に始まります。

 それ以前は太田窪村、大谷場村、大谷口村、広ヶ谷戸村、原山新田の六つの村があって、大谷場と大谷口の谷と太田窪の田をとり谷田村に統合されたものです。谷田地区自治会連合会は、太田窪地区と円正寺地区で構成されており、さいたま市の南端に位置しともに川口市との市境にあります。

 この地区の特徴的なことを挙げれば、地形としては舌状を成した大宮台地の低地部の南端に位置し、かつては海に接していたところで、その証として縄文時代前期とされる大谷場貝塚や小谷場貝塚があります。太田窪地区の一角、旧領ヶ谷城址周辺には藤右衛門川と上谷沼があり、昭和40年代頃までは田んぼや湿地が多かったところです。その湿地帯では川魚などが豊富に獲れたところから街道筋に鰻や魚を食べさせる店が現われ、今でも江戸期から続づく《浦和のうなぎ》の名を高めた老舗が代を重ねています。

 低地部の川口市から上尾市方面に南北に縦断している産業道路。当初は狭い道で産業道路となって道幅も拡張されたものの砂利道でした。昭和33年に舗装工事が行われ今では重要な幹線道路となっています。その産業道路を16の自治会が仲良く約半分ずつ挟むよ
うなかたちで位置しています。現在、谷田地区の会員数は6200件ほど、南区7地区内では中程度の規模となっています。


 
       産業道路から大宮方面の街並



 *谷田地区にはこんな建物や場所があります。

 守光院  ・源平合戦の宇治川先陣争いで有名な佐々木四郎高綱の兄、佐々木三郎守綱が元暦元年(1184年)に薬師如来と阿弥陀如来を守り本尊として安置したのが守光院の始まりと云われています。当初は守綱院としていましたが、慶安年間(1649年)時の徳川家綱の時代に、守綱院の綱の字を家綱にはばかって光に改め守光院としたと伝えられています。
二十三夜塔
 
 ・今から凡そ600年前、室町時代初期に扇谷上杉定正一族の起こした勢力争いに戦禍が広がり、果てしない混乱と不安におかされました。そんななかで平穏な生活を求めた人々が起こしたものが、月待(さんやまち)講でした。無事息災を願い勢至菩薩を[月天子]として観音経を唱え祈願したものです。当時は祈願堂もありましたが、約150年前に廃堂となり本石塔を建立したと伝えられています。
 太田窪氷川神社
 ・須佐之男命を主祭神とする信仰は、その総本山が大宮の氷川神社です。この氷川神社から分霊して各地に氷川神社が祀られたもので、太田窪氷川神社もその一つで昭和44年には浦和市の指定有形文化財になっています。室町時代末期から桃山時代初期の建立とされ、この付近では数少ない鎮守の森を成し、初詣や盆踊りには多くの人で賑わいをみせています。
 

行弘寺


 ・行弘寺の建立は平安時代の大同2年と云われてり、守光院より377年も古い寺になります。昭和43年に不動堂が焼失しましたが、その造りは旧玉林院本堂の遺構と伝えられています。この行弘寺には筆塚があり、幕末から維新にかけて寺子屋が開かれていました。また行弘寺には不動尊があり、足立百不動の百番目の寺で境内には筆塚と並び供養塔の碑があります。この碑は昭和60年に浦和市の指定有形文化財になっています。
 

藤右衛門川と上谷沼

 ・藤右衛門川は大宮台地南端付近から始まる芝川の支流で一級河川です。江戸享保期に見沼の開発に併せて上谷沼という沼地の水を芝川に流すために並木藤右衛門という人物により開削されたと云われています。この付近は、大雨の度に家屋の浸水被害が発生していたため昭和49年から藤右衛門川の改修と上谷沼調節池の建設工事が始まり、昭和62年に完成し、現在は運動公園として多くの人達に親しまれています。
 

フラワーロード

第2産業道路、明花公園脇から東南方向に約800mほど続く桜並木がフラワーロードです。ここは見沼代用水の西縁の下流の一部で農業用水として利用されていたところです。ひと昔前は夏には蛍も飛び交い湿地帯としての風情も漂っていましたが、近代化の波に押され現在はコンクリートの護岸となり、その情緒は失われてしまいました。しかし、その流れのなかには50pほどの鯉が群れをなして生息しており、また春にはお花見などで賑わい、大勢の方から親しまれています。



  谷田地区自治会連合会の沿革


谷田地区自治連の歴史


【自治会の歴史】
 敗戦後の20年以降、連合軍司令部の支配は地方行政にまでおよび窮屈な対応を強いられて来ました。昭和30年に掛けて財政逼迫状態でもあった浦和市が、再建計画の一環として行政機構改革を実施し、各地の支所・出張所を撤廃しました。しかし行政としては協力機関としての組織を失うことは痛手であり、代替として市民組織である自治協力団体の結成を図ったのです。結成に当たっては設立奨励金なども準備し積極的に推し進められ、新しいて組織が生まれたのです。
 昭和30年末には、自治協力会の結成数は60件台となり、昭和32年には現さいたま市自治会連合会の前身である浦和市自治協力会連合会(79団体)が設立されました。

【設立経緯】
                               < >内 設立年月
@ 太田窪二十三夜目自治会(旧太田窪下自治会):<昭和30年4月>
A 大島台懇和会自治会(旧大島台懇和会):<昭和30年4月>
B 太田窪新田自治会(旧新田自治協力会):<昭和30年4月>
C 円正寺自治協力会:<昭和30年9月>
(旧)善前自治会:<昭和30年10月>
    (現在の善前第一・善前・谷田川・善前南・不動入各自治会の前身)
D 善前第一自治会:<昭和50年4月>旧善前自治会の3分割により善前第一自治会
          として分離(同名称で再発足)
E 善前自治会:<昭和50年4月>旧善前自治会の3分割により善前第二自治会
として分離(昭和61年4月善前自治会に改称)
F 谷田川自治会:<昭和50年4月>旧善前自治会の3分割により善前第三自治会
として分離(昭和68年4月谷田川自治会に改称)
G 太田窪二丁目自治会(旧太田窪中央自治会):<昭和32年3月>
H 太田窪四丁目自治会(旧太田窪本村自治会):<昭和32年3月>
I 太田窪新下自治会:<昭和38年4月>太田窪二十三夜自治会から分離
J 柳橋自治会(旧大谷場団地自治協力会):<昭和44年1月>
K 太田窪新生自治会:<昭和47年4月>太田窪四丁目自治会から分離
L 東大島自治会:<昭和47年4月>大島台懇和会自治会から分離
M 北大島自治会:<昭和53年4月>大島台懇和会自治会から分離
N 善前南自治会:<平成8年4月>善前自治会から分離
O 太田窪不動入自治会:<平成8年4月>善前自治会から分離

            *設立年月等については一部不確定の部分がありますが、
             悪しからずご了承ほどお願い申し上げます。

●谷田地区内自治会設立経緯図がダウンロードできます。
 谷田地区内自治会設立経緯図(PDF)


谷田地区の歴史


 縄文から古墳時代  この頃に善前地域と円正寺地域に集落が形成
 後北条氏時代    太田窪の地名が存在
 明治 5年     行弘寺の寺子屋を閉鎖
 明治 6年 3月  守光院を仮校舎に太田窪学校の開校
 明治21年     巡査駐在所の開所
 明治22年 4月  谷田村の誕生
 明治22年 5月  町村制執行により太田窪学校が谷田学校と改称
 明治39年10月  谷田学校が現校地に校舎新築
 昭和 7年 4月  谷田村は浦和町に合併、谷田学校は浦和第4尋常小学校と改称
 昭和21年     谷田公民館の開館
 昭和22年     浦和第4尋常小学校が浦和市立谷田小学校と改称
 昭和32年 1月  谷田地区自治会連合会の設立
 昭和41年     浦和太田窪郵便局の開局
 昭和45年     南浦和病院(現わかくさ病院)の開院
 昭和52年     谷田公民館が現大谷口地区に移転
 昭和55年 4月  善前小学校の開校
 平成17年     谷田交番の閉鎖、谷田防犯ステーションとして開所
 平成22年 9月  善前公民館の開館

  *善前自治会会長中山 勉氏著書「浦和太田窪と周辺の四方山話」その他資料及び
   浦和市自治協力会連合会創立30年記念誌等を参考に編纂しました。